2016年7月15日金曜日

旧約聖書によると

みなさま

おはようございます。


旧約聖書は、ユダヤ教、キリスト教の聖典でイスラム教においても啓典とされている

とのことである。


そこで思い出したのが曾我量深先生の言葉です。



『大無量寿経』の信者も、また『法華経』の信者もですね、(略)釈尊以後の仏法ー仏教(略)

だと、こう思って、(略)その争うておるのですよ。もし両方とも釈尊以前の仏教であるとー

いうことに眼を開いたならばですね、争いは止むと思うんです。共に手をたずさえて「あら、

なつかしい」と。そうでしょう。



旧約聖書以前のことに眼を開いたならば世界の争いは止むことになるのかもしれません。



また旧約聖書によると、ユダヤ民族の起源は、紀元前20世紀に遡るそうです。そして

最初は一つの家族だったイスラエルが民族となるのは、紀元前13世紀の出エジプトの

事件以降です。 飢饉のためエジプトに移住した後、エジプトで奴隷となっていたイスラエルの

民は、モーセによってエジプトを脱出します。


ここで注目したいのが 紀元前13世紀にすでに奴隷制度があったということです。



そしてもっと遡ると人類の起源は10万年前のアフリカで誕生しているそうです。

そこまで遡ると人類皆兄弟で「あら、なつかしい」となるのですが、また別の観方を

すると、自然界のルールに従うように人類も生きていくわけです。

そこには弱肉強食の世界があるのです。



そんなことを考えてみると現在でも眼に観えぬ奴隷制度が残っているのが本当の

ところではないでしょうか。



また今日も呑みすぎて訳のわからぬことを書いてしまったのである。






 雨の日に 我が過去を 思い出し














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