2019年7月2日火曜日

天使からのお礼

みなさま
おはようございます。

昨日のことです。作業ズボンを用事を済ませた後に買い求め帰宅するときのことです。
母校でもある小学校の一年生が三人横断歩道右手で止まっていました。そこは右カーブの
入り口でその直ぐ先には左手から道が合流する複雑な通学路でもあるのです。

その時はさほどスピードが出ていませんでしたのですぐさま横断歩道手前にて軽トラを
止まることができたのです。窓から右手で渡りなさいよとジェスチャーをすると
三人がそれぞれに頭を下げて渡り切ったのです。その時のことです。その中の少女が
振り返り深々と頭を下げてお礼をしてくれるではありませんか。そこでこちらも手を
振って別れを告げたのでした。

その後『天使からのお礼』『天使からの微笑』と独り言を吐きながらニタニタしていた
自分がいたのでした。

梅雨空の下たったこれだけのことですが爽やかな気持ちとなった日となったのです。



天使いても観ず心

2 件のコメント:

嶋中労のプロファイル さんのコメント...

田舎者様

いい話ですね。心が洗われる思いがします。ああ、日本人に生まれてよかった。

小学生たちが横断ほどを渡り切ったあとも一斉にお辞儀をする。
渡る前と渡った後の計2回お辞儀をするわけです。

ボクの女房が『文藝春秋』の仕事で、九州は高千穂に行った折、
横断歩道の手前で車を停車したら、小学生たちからやはり同じように2度頭を下げられたそうです。
女房以下、文春のスタッフは大感激。

でも九州ではけっこうお馴染みの光景らしいですね。

歩行者優先で、もちろん信号が青になったら横断歩道を堂々と渡ればいいのですが、
それでも「停まってくれてありがとう」と頭を下げる。

これって仏教でいうところの「無財の七施」の一つでは?
たとえばニコッと笑ってお辞儀する→「眼施」
笑顔でお辞儀する→「和顔施」

世の中、仏頂面をして歩いている人が多すぎますね。
うちの団地のおじさんたちは、みなそろって不機嫌そうな顔をしています。
「俺に近づくんじゃねえ!」とハナからバリアーを張ってます。

ボクはいつも「怖そう」とお思われているフシがありますが、
すれ違うおばちゃんたちはみな笑顔で話しかけてきます。
顔が怖そうでも、ボクの体から発している雰囲気が誘蛾灯のように人を惹きつけるのでしょう。

「人にやさしくする」「人が喜ぶことをやる」「世のため人のために尽くす」
ボクのモットーです。

すでに仏頂面のおっさんたちとは袂を分つていますし、
細胞の「おばさん化100%」も間近ですから、たぶんこのまま無事に「おばさん」になれると確信しています。

おじさんでいることにもう飽きました。愛想が尽きました。

姿勢正しくさわやかなあの小学生たちのように、
ボクも残り少ない余生をまっすぐに生きていきます。

田舎者 さんのコメント...

嶋中労さま

おはようございます。
昨日は二日酔いでコメントの返信を書くことができませんでした。申し訳ございません。

文末に『ボクも残り少ない余生をまっすぐに生きていきます。』とありますが会津八一の
言葉に「余生なとという生き方はございません」という風なのがあることを思い出したのです。
そんなこんなで男ですが「美しき人に成りたく候」

子供だから大人だからとか関係なく人生の道を教えてくれる人との出会いを大事にしていきたいものです。

ありがとうございます。