2019年5月14日火曜日

幸せのオーラ

みなさま

こんばんは。
今日、お米を軽トラに積んで川越市に向かいました。
それは豆ちゃんにお祝いの品として贈るためにです。詳しくはアニキのブログを
覗いてみてください。こちらです。豆腐屋のひそかな楽しみ・小野食品 

そして、会って感じたことは豆ちゃんが幸せであるということで、それは幸せのオーラを
身体全体で発しているからなのです。悔しかったですね。なんでかと言いますと普段から
「幸せは他人からいただくものではなく、自らが掴むもの 」だと言っておきながら
自分で掴んでいないことに気が付かされたからなのです。

これもまた豆ちゃんの幸せのオーラの影響なのかもしれません。

豆ちゃん、おめでとう。おめでとう。おめでとう。
そしてありがとう。


おめでとう 心の底から 言えたらな

2019年5月11日土曜日

何を話しているのでしょうか

みなさま

おはようございます。
昨日、自らのブログで書いた「雨の日には雨の中を」 の母子に再び会うことが
出来ました。晴れていましたのですれ違いながら観てみますと、小学一年生の証の一つ
である。黄色いカバーがランドセルに掛けてあり、母親が車道側で手を繋いで登校して
いたのです。

毎日毎日、母と二人での登下校。何を話しているのでしょうか。
そして、母親の思いが伝わる時はいつ訪れるのでしょう。


負けるなよ 君の背中に 風が吹く

2019年5月9日木曜日

恐怖心

みなさま

おはようございます。
歳を重ねるにしたがって車を運転するのが怖さが増してきている田舎者です。

住まいが田舎ですから車無くして生活が成り立たなくなるのが現状なのですが、
事故のニュースを見るたびに自分も加害者と被害者の両方になる可能性をひめて
いるんだなと教えられます。

そして痛ましい事故が起きるたびにその強さが増すのである。



恐怖心 いつのまにやら お守りへ

2019年5月6日月曜日

いくつになっても不安

みなさま

おはようございます。
10連休も残すところ今日のみとなりましたが如何お過ごしでしょうか。
田舎者は毎年変わらずの連休です。水稲の種まき(籾振り)苗代出し、育苗をして
いますが、芽が出るまでは不安な日々を送っています。

それは水稲だけではなく里芋も生姜も他の野菜たちもみな一緒です。何度となく同じ
ことを繰り返しているはずなのに、芽が出るであろうか、収穫までたどり着けるだろうか
お客さまに喜んでいただいて買っていただけるだろうか。あげれば切りが有りません。

百姓になりたての頃には思い考えもしなかったこと思い考え不安になります。それは
母が亡くなり父が亡くなり頼るものがいなくなったからなのかもしれません。
見方を変えますと自分の成長なのですが、怖いものだらけになったのは歳を重ねた
証拠なのかもしれません。



歳重ね 不安を抱き 大人へと

2019年5月4日土曜日

日本人の手で

みなさま

おはようございます。
昨日は憲法記念日でありましたので自分なりに憲法について考えてみました。

たどり着いた結果は、
幸せは他人から与えられるものではなく、自らが掴むものである。
ごくごく当たり前の結果でした。

日本国に与えられた憲法ではなく、日本人の手で今の日本国にあった形での憲法が
必要で日本国、日本人が幸せになる道なのではないでしょうか。

1947年、72年前にアメリカによって与えられた憲法。
今の日本国には合っていませんよね。



当り前 それに気が付かず 日本人




2019年4月27日土曜日

授かりもの

みなさま

おはようございます。
数日前のことです。便所にて座っているとふと前職の後輩K子の思い返してしまい
ました。そこでこんなメールを打ってみたのです。

「おう!元気か? 便所で座っていたらK子のことを思い返してしまいました。
いくつになったのでしょうか。またです。」

すると思いもよらずの返信が届いたのです。

『ご無沙汰しております!元気です。実は10月に子供が生まれまして...
この歳ながらただ今子育て奮闘中です。田舎者さんもお元気そうで何よりです。』

その後数回やり取りを行い。こんな言葉を贈りました。

「かわいくてしょうがないだろう。K子も嬉しかっただろうけど、親も喜んだ
ことでしょう。ご先祖さまをはじめ、周りに感謝しなくちゃね。またです。」

すると。

『はい、これは本当に授かりものだと実感しました。ありがとうございます。』

K子、田舎者と一回り違いの辰年生まれ、なので42歳での初産となる。
辰年生まれらしく波瀾万丈の人生を歩んでいそうである。

おめでとう。




人生 雨のち晴れるや

2019年4月22日月曜日

今まで

みなさま

おはようございます。
数日前のことです。農協の会議に出席をいたしまして、開会の挨拶をいたしました。
ありきたりな内容ですがマイクを使わなくてもホール全体に届くような声の大きさで
話させていただきました。
そこには関係機関でもある役所の課長他数名の人も出席をしていました。

その数日後、役職柄必要な事項を確認をするために役所のいちフロアを訪れると、
今まで一度も挨拶のされたことのない課長が挨拶に出て来るではありませんか。
その課長とは数日前に農協の会議に同席した人です。

田舎者が農協の理事で農業委員会の一人であり、そして名前と顔が一致したのでしょう。
肩書だけで挨拶をする課長。あなたとのことは今までと何一つ変わりませんよ。

市議会議員選挙も終わり静かな朝を迎えていますが、日ごろの行いの大切さを教え
られた日でもあったのです。



百姓が百姓を百姓する