2023年1月18日水曜日

餅にやられた

 みなさま

おはようございます。

五日ほど前になりましょうか夕ご飯に雑煮を食していると何だか石のような固いものを″ガチィ”と噛んでしまいました。何だろうと舌で転がしながら餅を取り除くと共に奥歯の空洞化が舌触りで確認できたのです。手に取ってみると虫歯治療に使われた詰め物の銀だったのです。

こんな経験は二十代前半にキャラメルにて数回繰り返していましたが、餅にやられるとは思いもしなかったのです。

そこですぐさま歯科医に予約をお願いすると大変込み合っておりまして・・・・・。そんなわけで昨日診療を受けたのです。詰め物は噛んでしまっていて変形してしまい詰め治すことができないこととその奥の虫歯が侵攻していることなどの説明を受け再治療が始まったのです。

そんなこんなで治療が進んだのですが、なんとなく視界の左端に違和感を覚え向いてみるとパソコンに映しだされていたのがその治療をしている歯の画像だったのです。素人でもわかるかのような歯の色が映し出されると技術の進歩に驚からせると共に自分の虫歯の状態に驚かずにはいられなかったのです。

60歳まで後二年ほど今現在二本奥歯を抜歯してブリッチで耐え忍んでいますがあと何年自分の歯が残ることやら。寿命が先か歯がなくなるのが先かそんな詰まらない事を考えてしまった昨日だったのです。

こんな汚い田舎者は、美しき人に成りたく候。

2023年1月17日火曜日

自分がそうであったように

 みなさま

おはようございます。

娘が高校入学後2年が経とうとしておりますが反抗期とでも言いましょうか、そんな言動が多くみられるようになってきたのです。よくよく考えてみると幼少期から兄の後ろについて少年サッカーに明け暮れていた時を含めて親が喜ぶようにいい子を演じていたのかもしれません。

そして県内の進学校に入学できたもののスマホを手にしたことで学業やスポーツをすることよりスマホとにらめっこをして時間をつぶしているのが見て取れるのです。

そんなことから自分が母親から言われ続けられた言葉『後になって後悔するなよ』と事あるごとに言っているのが現状です。そして自分がそうであったように壁とでも言いましょうか苦痛な事から逃げ続けているのです。そんな娘を観ていると必ずや後悔するぞと思うのです。

このような日々の中で考えさせられるのは、子供に恵まれたおかげで親の苦労が分かるようになったことと壁というか苦労というものは逃げていては更なる壁や苦労となって覆いかぶさってくるということである。そしてまた娘も後になって後悔することになるのだろう。

こんなことを書いた親である田舎者も娘と同罪でパソコンやスマホとにらめっこをしているのであった。

苦労と幸せ迷いと悟り 二つで一つ

2023年1月11日水曜日

成人式を境に

 みなさま

おはようございます。先日のプログにて息子が成人式を迎えたことを書かせていただきましたが、その成人式を境に息子が変わり始めたのです。どのように変わったのかというと明るくなったというか笑うようになったのです。このことに関してカミさんは自分の事のように喜んでいたのです。

それでは具体的にその流れを書いてみます。友達のいない息子は当然ながら群れというかグループ行動をするわけではないので一人で成人式に参加するというのである。そこで開演時間すれすれにカミさんが送り届けたのですが、そこには同じ大学に通う知り合いが友達と待ち合わせをしていたとのことです。開演時間迫ったこともあり息子は友達が来ないその知人と二人で席に着き話をしながら式典を楽しんだというのです。

その後迎えにカミさんが出かけ帰りに箭弓稲荷神社へ参拝して帰宅したのですが息子はニコニコと笑いながらの帰宅だったのです。カミさんの話によると神社においても終始ニコニコで何があったんだろうと思ったそうですが、家へ向かう車中にてこのような事があったことを話してくれたそうです。

昼食後今度はカミさんの実家に挨拶へ、そこでも終始ニコニコで自動車免許の学科試験に落ちたことも笑って吹きとばしていたとのことだったのです。そして帰宅しても終始ニコニコの状態です。

息子が小学生高学年になるころからニコニコとする表情が少なくなり中学高校と進むにつれてそれがより一層強くなりしかめっ面をしている日々が成人式まで続いていたのですが、この日を境に自身の奥底に眠っていた種が芽をふきだしたかのようです。芽を出させてくれたのは水や温度となってくれた成人式の知人だったのかもしれませんね。そしてそのことを自分のこと以上に喜んでいたのが息子の母親であり田舎者のカミさんだったのでした。

息子よ良き出会いを!


2023年1月8日日曜日

すべてに感謝の日

 みなさま

こんにちは。

今日は東松山市において今までで言えば成人式で令和5年からははたちの集いに息子が参列してまいりました。カミさんはいつものように直売所への出荷用の赤飯をはじめ加工品を用意するとともに息子の祝いへの赤飯を仕上げ息子が仏壇に上げるように茶碗によそり台所へと持ってきたのです。

その前に田舎者は仏さまに水とお茶を上げて香を焚き『おかげさまで息子が成人式を迎えることが出来ました、ありがとうございます。』とした後、田舎者は昨晩の煮込みうどんの汁に焼餅を加えて雑煮風にして朝食を済ませておいたののです。

それで息子を起こし仏壇へ赤飯を上げ手を合わせてきなさいと促し息子の朝食赤飯とさじほどの汁を用意したのです。

その後田舎者に出来ることは何かなと考えてみるとできることと言えば靴磨きぐらいなものですから下駄箱から息子の革靴を取り出し自分の靴以上に磨き上げたのです。そこで磨きながら様々なことが蘇ってきたのです。

それはタイトルにあるように‟すべてに感謝”だったのです。息子にしてみれば祖母で我が母が生きていたなら89歳になりどんな喜び方をしたのだろうかにはじまり、ご先祖さまのおかげで、カミさんと結婚できたおかげで、子供に恵まれたおかげで、息子が今日まで健康であったおかげでとさまざまな感謝が思い浮かんできたのです。

そんななかで関越道の上り車線が渋滞の中、カミさんと母とで板橋の日大病院へ向かった車の中からや、その日に生まれた息子を最初に抱いた母の喜びの顔や言葉が次から次へと思い出されると共に感謝だったのです。

日本国に生まれ日本人として生まれ今を生きられることに感謝いたします。ご先祖さま両親そして息子に感謝の日なのです。

ありがとうございました。

2023年1月4日水曜日

美しき人に成りたく候

 みなさま

おはようございます。そして遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

元旦の朝には地元神社の元旦祭が執り行われるのですが、我が家ではその前に正月飾りを飾ることが習わしとなっておるのです。眼が覚めて最初に飛び込んできたのが会津八一先生の書かれた学規でありまして。

・ふかくこの生をあいすべし

・かへりみて己を知るべし

・学藝をもって性を養うべし

・日々新面目あるべし

だったのです。この学規を布団の中から三便唱えてから学藝をもって性を養うべしの解説文をを読み返してから、この一年が始まったのです。

この生に生まれたことに感謝し、我が家に生まれたことに感謝し、日本人に生まれたことを感謝し、日本国に生まれたことに感謝して生きなくてはならないのです。

そして会津八一先生の一番好きな言葉

『美しき人に成りたく候』

2022年12月14日水曜日

夢の中での愛子さんの言葉から安保へ

 みなさま

おはようございます。

夢の中で人前話をする夢です。そこにはお偉いさんや仲間がいるのですが話をしなさいと誰かに促さられ用意してあった白い紙を広げ話を始めたのです。その内容は支えになっている佐藤愛子さんの言葉から始まるのです。

『支えになっている佐藤愛子さんの言葉。何も苦しいことがなければ、幸福は生まれないのですよ。幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは、苦労から逃げた人にはわからない真理だと思います。苦しいことだらけの人生を生きた私は、幸福な人生だったと思うんです。苦しい人生を力いっぱいに生きましたからね。』

眼が覚めてみて改めて考えてみると日本国は大東亜戦争という苦労のおかげで平和と経済力を手に入れたのだが、世の中は甘くはなく経済が失速し平和ボケの国民を生むようになってしまったのである。

そしてこれだけは間違いのないことで、自分の命は自分で守り、自分の家族は家族で守り、日本国は日本国民が守らなければ、誰もどの国も守ってはくれないのである。自国のエネルギーが不足しているのに日本へ渡しますか。自国の食料が不足しているのに日本へ渡しますか。誰が考えってわかることが分からない平和ボケの日本国。



美しき人に成りたく候

2022年12月12日月曜日

親の苦労

 みなさま

おはようございます。田舎者は二人の子供に恵まれて自身が58歳、息子が19歳で娘が17歳なのですが、二人とも素直に『はい』とは返事が出来なくあれやこれやと先延ばしにしてしまうことが毎日のように起きています。

それではその一つを紹介します。息子がこの春から自動車学校に通うようになったのですが、期限の9ヶ月が迫ろうとしているのに卒業検定に合格していないにも関わらずこんなことを言い始めたのです。

『期限期間内に免許が取れなかったならば二度と取らないかね。一応期限内は頑張ってみるけど』

このことをカミさんから聞いたのですが息子は何考えているんだと呆然となってしまったのです。埼玉の田舎の百姓の長男に生まれ自動車免許がなければ就職も生活もままららないような場所に住んでいるというのにと自問自答してしまったのです。

そして昨日です。母の実家でおばさんと従兄夫婦が暮らす家を訪ねようと軽トラを走らせているとふとこんな事を思ったのです。

『子供に親のありがたさを教えられるなんて、自分も散々親に苦労をかけていたんだと』こんなことを簡単に産湯を沸かしてくれたおばと従兄夫婦に話すと笑いと共におばが眼を抑えていたのです。

親は自分が亡くなっても子供に教えを説いているんですね。58歳の師走。

*息子は期限5日前におかげさまで卒業検定に降格し自動車学校を卒業することができたのです。


子が佛 親の苦労を 再体験