2022年12月14日水曜日

夢の中での愛子さんの言葉から安保へ

 みなさま

おはようございます。

夢の中で人前話をする夢です。そこにはお偉いさんや仲間がいるのですが話をしなさいと誰かに促さられ用意してあった白い紙を広げ話を始めたのです。その内容は支えになっている佐藤愛子さんの言葉から始まるのです。

『支えになっている佐藤愛子さんの言葉。何も苦しいことがなければ、幸福は生まれないのですよ。幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは、苦労から逃げた人にはわからない真理だと思います。苦しいことだらけの人生を生きた私は、幸福な人生だったと思うんです。苦しい人生を力いっぱいに生きましたからね。』

眼が覚めてみて改めて考えてみると日本国は大東亜戦争という苦労のおかげで平和と経済力を手に入れたのだが、世の中は甘くはなく経済が失速し平和ボケの国民を生むようになってしまったのである。

そしてこれだけは間違いのないことで、自分の命は自分で守り、自分の家族は家族で守り、日本国は日本国民が守らなければ、誰もどの国も守ってはくれないのである。自国のエネルギーが不足しているのに日本へ渡しますか。自国の食料が不足しているのに日本へ渡しますか。誰が考えってわかることが分からない平和ボケの日本国。



美しき人に成りたく候

2 件のコメント:

嶋中労のプロファイル さんのコメント...

田舎者様
ちょうど一回り違うんだね、歳が。
たしかに田舎者さんが言うように、日本は平和ボケの国に成り下がってしまった。

平和はありがたいのだが、豊かになり過ぎて貧乏を知らない。

わが家の実家はド貧乏で、毎週のように借金取りが来たものです。
ボクが玄関で対応し、
「父と母はいません」
というと、
「奥にいるんだろ。わかってんだよ、こっちは」
なんてすごんだりしたんですが、
ボクは「いません」の一点張り。やっこさん、呆れたような顔で帰っていきました。

兄もボクも新聞少年。母は魚屋の事務員として働きました。
なぜ貧乏になったかというと、父の経営する製材所が倒産したんです。
借財を抱えた父は一家のサラリーマンに、そして母は魚屋の事務。
夜は内職をして家計を支えました。

貧乏でも恥ずかしくはなかったです。周囲はみな貧乏でしたから。
味噌、醤油の貸し借りはふつうでした。

今時の若者はスマホのゲームばかりやっていて、頭の中は空っぽ。
本なんて気の利いたものは読みやしません。

だから、日本の国力はどんどん落ちていってます。
支那人のほうが勉強しているでしょう。

佐藤愛子さんはいいですよね。ボクも彼女の本はずいぶん読みました。
苦労したことも知っています。でも、苦労しただけ人間は豊かになるというのも本当です。

息子さん、よかったですね、合格して。
親はいつだって子の心配ばかりしています。割に合いません。

田舎者 さんのコメント...

嶋中労さま

おはようございます。
辰もいろいろな人がいまして立たない辰の田舎者です。
そして田舎者には労さま同じ年の先師とでも言いましょうか、そういう方々のおかげで今があります。
具体的にはご先祖さまを敬う、修身、仏法に眼を開けさせてくれたのも素晴らしき辰年生まれの先輩です。

話が飛びますが母親が口癖のように言ってた言葉に『子をもって親の恩を知る』と事あるごとに田舎者に
掛けていたのですが今となってはつくづくそうだなと実感しております。親は偉大です。またそういう風に
感じられることは幸せの中を生きていくことになるんですね。

ありがとうございました。